「未完の美」。芸術には時として未完成だからこそ放たれる魅力があります。世界には多くの未完成の建造物が存在します。最も有名なサグラダ・ファミリアはあと10年足らずで完成予定ですが、今回は今後も完成予定のない美しい未完の建物をご紹介します。
人間は不思議と未完成のものに惹きつけられてしまう生き物なのでしょうか?
非対称(アンバランス)の美しさ。「完成したらどうなっていただろう」と掻き立てられる想像力。それらは未完成だからこそ感じるものでしょう。
未完の建築物で最も有名なのはスペイン・バルセロナにあるサグラダ・ファミリアではないでしょうか?
未完成でも圧倒的な迫力と、ガウディの超絶技巧が駆使されている装飾で人々を圧倒していますが、その物語にはまだ続きがある(ほんの10数年前までは私たちが生きているうちには完成しないのではとも言われていた)という点がさらに私たちの好奇心を掻き立てているのではないでしょうか?
2026年完成予定ということで、それはそれで寂しい気持ちもありますが、完成したら地球が誇る建造物の一つになることは間違えないでしょう。
実は世界には完成の日を迎えていない美しい建造物が他にもたくさんあるんです。
目次
シエナ大聖堂(イタリア:シエナ)
名称:シエナ大聖堂(シエーナ大聖堂 Duomo di Siena)
場所:シエナ(イタリア)
建物の種類:カトリック教会
着工年:1220年代に大聖堂を着工。期限は9世紀頃からあったのではと言われている。
現在の大聖堂は14世紀に拡張工事計画が持ち上がりました。現在も大聖堂は上から見ると十字架の形をしているのですが、拡張案は十字架の縦棒にあたる部分を横棒にして、フィレンツェの大聖堂を凌ぐ大きな十字型の聖堂を作ろうという壮大なものでした。
しかし増築着工後、疫病の流行や市の財政悪化などを理由に工事は停止されてしまい、結果的に側廊となるはずだった壁だけが作られた状態で残っています(下画像)。
ヘレンキームゼー城・新宮殿(ドイツ:キームゼー)
名称:ヘレンキームゼ―城・新宮殿(Schloss Herrenchiemsee・Neues Palais)
場所:バイエルン州キームゼー(ドイツ)
建物の種類:宮殿
着工:1878年
ヘレンキームゼー城はバイエルン王ルートヴィヒ2世によって建てられたお城です。キーム湖に浮かぶ小島=ヘレン・インゼルに建設されています。そのなかにある最も大きな建造物が新宮殿です。
新宮殿はフランスのベルサイユ宮殿をそっくり真似て作られました。しかし1886年ルートヴィヒ2世の死後に建設が中止されます。完成したのは中央の一階部分だけ。70部屋あるうち50部屋は未完のままです。この建物にもベルサイユ宮殿同様に鏡の間がありますが、本家よりも8メートル長いそうです。
庭園も規模は小さいですがそっくりですね。私は本家の庭園をミッキー・マウスと呼んでいます。
ノイシュバンシュタイン城(ドイツ:シュヴァーベン)
名称:ノイシュバンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)
場所:バイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方(ドイツ)
建物の種類:城
着工:1869年
説明不要、世界屈指の名城ですよね。ディズニーのシンデレラや眠れる森の美女のお城のモデルになったとも言われています。
こちらもヘレンキームゼー城同様ルートヴィヒ2世が建てたもの。自身の趣味のためのお城であり、要塞機能や聖堂などの設備は備わっていませんでした。そのために、ルートヴィヒ2世の死後は工事を進める必要性がなくなり、1886年に建設は終了。その後は観光施設となりました。
とても立派なお城ですが、この規模でもまだ建設途中。さらに大きな規模のお城を建設する予定だったそうです。もし完成していたらものすごいことになっていそうです。
シュキエレトル(ポーランド:クラクフ)
名称:シュキエレトル(Szkieletor)
場所:クラクフ(ポーランド)
建物の種類:高層ビル
着工:1975年
Szkieletorは英訳するとSkeletorスケルター(骸骨剣士)。80年代のアメリカのSF映画『マスターズ/超空の覇者』に登場する悪役・スケルターのように骨組みだけの見た目からこの愛称がつけられました。
この102.5メートルの高層ビルは中央技術機構(NOT)の地域事務所として建設されNOT Towerという正式名称もついていました。しかし、国の政治不安と経済制約を理由に1981年に工事の中止を余儀なくされました。
無機質ですが少し不気味で哀愁も漂っています。
その後は建築再開の話が持ち上がっては消えてを繰り返し、その間は広告塔として利用されていましたが2017年に再び工事が動き出したようです。
Unity Centerという名で2019年にホテルやオフィス、レストランなどが入った複合施設としてオープンする予定なんだとか。
ビショップ・キャッスル(アメリカ:コロラド州)
名称:ビショップ・キャッスル(Bishop Castle)
場所:コロラド州(アメリカ)
建物の種類:個人の建造物
着工:1969年
もとはジム・ビショップという当時25歳の1人の男性が休暇期間に利用するキャビンとして建て始めたこの建物。知人から「お城のようだ」と言われたことがきっかけで、今のような大きい建物になったそうです。石を一つ一つ成型して積み上げたそうですから驚くべき作業量です。
ビショップ氏曰く「貧乏人のディズニーランド」というだけあって、屋根に実際に火を吹くドラゴンのオブジェが取り付けられていたり、50m近い高さの尖塔があったり、カラフルで巨大なステンドグラスがあったりと、大人も子供もワクワクする見どころが盛りだくさん。しかも無料で見学できるそうです。別途寄付を募っており、そのお金は工事費以外にも慈善団体にされています。
ビショップキャッスルは現在もなお、ところどころ手を加えられています。
ウィンチェスター・ミステリー・ハウス(アメリカ:サンノゼ)
名称:ウィンチェスター・ミステリー・ハウス
場所:カリフォルニア州サンノゼ(アメリカ)
建物の種類:個人の邸宅
着工:1884年
この屋敷は銃ビジネスで成功を収めたウィリアム・ワート・ウィンチェスターの未亡人サラ・ウィンチェスターが建てたものです。娘と夫を立て続けに亡くしたサラは霊媒師に助言を求めたところ「自社の銃で命を落とした人々の亡霊に呪われている。アメリカ西部に霊のための家を建てろ。立て続けないとあなたは死ぬ」と言われ、その助言通りに自身が死ぬ1922年まで38年に渡って家を立て続けました。
部屋数は約160。暖炉は47個、窓ガラスは1万枚、3つのエレベーターを備えたものすごい広大な屋敷です。霊から逃れるために、見かけだけの扉や行き場のない階段、隠し部屋など忍者屋敷もビックリな複雑な構造を有しています。一方で外観や庭園は恐ろしい幽霊とは結びつかない美しさです。
建物は一般公開されていて、ハロウィンや13日の金曜日などにはナイトツアーも行われています。
ちなみに、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスにまつわる呪いのお話は映画化もされています(↓)
ウェストミンスター大聖堂(イギリス:ロンドン)
名称:ウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)
場所:ロンドン・ウエストミンスター(イギリス)
建物の種類:カトリック教会
着工:1895年
ウエストミンスターといえば寺院が有名ですが、こちらは”大聖堂”です。
1865年になくなった初代ウェストミンスター大司教ニコラス・ワイズマンを記念する大聖堂。1860年代より建設計画が立ち上がっていたものの、2度も頓挫し95年にようやく着工しました。外観は1903年に完成しましたが、内部装飾は予算不足のために完成しないまま現在に至ります(下画像、ドーム部分は手付かずのままです)。
ヨーロッパの中でも新しい教会のため、建物の趣も装飾も他の歴史ある大聖堂と比較しても華美過ぎず、独特です。
複雑な彫刻は少なく、壁画や天井画の色彩もパステル調の柔らかなものと黄金の荘厳なものとの調和が取れていて非常に美しいです。また床や天井にはところどころ魚やイルカ、鹿といった動物をモチーフにしたものがあるのも興味深いポイントです。
内部装飾が完成したらどんなに美しいことか。
コロニア・グエル教会(スペイン:サンタ・クローマ・ダ・サルバリョー)
名称:コロニア・グエル教会(Cripta de la Colònia Güell)
場所:サンタ・コロマ・ダ・サルバリョー(スペイン)
建物の種類:カトリック教会
着工:1908年
バルセロナの近郊にひっそりとたたずむ小さな教会です。サグラダ・ファミリアと同じくアントニ・ガウディが設計・建設。構想に10年の時間を費やし、1908年にようやく工事が始まりましたが、以前より着手していたサグラダ・ファミリア建設に専念するためにグエル教会の方は6年で工事を停止。未完の教会となりました。
完成したのはエントランス部分や半地下の礼拝堂部分と塔の一部(礼拝堂はミサに使われています)。ですが、ガウディが10年間実験を繰り返して考え抜いただけあって柱、天井、壁、全要素のバランスが完璧です。
自然美を追求したいたガウディならではの曲線へのこだわりが椅子一つにまで施されていて息を呑みます。
完成予想図(下写真)をご覧いただければ分かるかと思いますが、この教会の意思がサグラダ・ファミリアに受け継がれています。
屋上にあたる部分はこんなにガランと。下階が素晴らしいだけにもっと続きを見たかった。
私はガウディの建築をいくつか訪れましたが、この建物は最も印象的でした。ガウディのパトロンのグエル伯爵の依頼だったこと、そして工事の終了時点までガウディ自身が指揮していたことから、ガウディの思うままに建設できた「これぞガウディの真骨頂」と言えるすばらしい教会です。
ソビエトの家(ロシア:カリーニングラード)
名称:ソビエトの家(House of Soviets)
場所:カリーニングラード(ロシア)
建物の種類:公的機関予定地
着工:1960年
カリーニングラード州の中央機関のためのビルとして建設されたものの、建設中に構造的問題が持ち上がったことや、地域の党委員会が開発に興味を失い、資金も底をついたことなどから1985年に工事が停止。その後再建話もありましたが結局未完のまま。
その見た目から「埋められたロボット」という愛称も。見た目は新しそうですが、これは2005年にカリーニングラード州60周年の記念にプーチン大統領が訪問するのに合わせて外壁塗装されたためです。遠目にキレイでも内部は落書きだらけの廃墟。このギャップがいっそう不気味さを引き立てています。
カリーニングラード州となる以前、この場所は東プロイセンの中心都市・ケーニヒスベルクでした。ケーニヒスベルクは州都として栄え、ソビエトの家のある場所にはケーニヒスベルク城という街のランドマークが建っていました。
第二次大戦後はソビエト連邦に併合されカリーニングラード州と改名しました。今はかつてほどの賑わいのない一地方都市です。